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2002年1月

2002年1月23日 (水)

「チャパクア」体験?

そろそろ今回の入院体験を書いておかねば。

今回は喘息の発作で救急車に運ばれたわけですが、思い返してみると強烈だったのは息が止まりそうになったことよりも、強烈なドラッグ体験でした。

だって3日の夜に救急車に運んでもらって、集中治療室のベッドの上で気がついたのは8日だったんだから。4日4晩眠り続けたという、それだけ強力なクスリだったってことだからね。

ちなみに目覚めたときは、左右の腕には点滴のチューブ、口と鼻には酸素マスク、身体はコードだらけでドラマみたいに隣で心電図が「ピッピッ」って鳴ってました。いわゆる全身スッパゲッティ状態という奴ですね。

で、目覚めて最初に言ったのが「みず・・・水をください」。4日間何も口にしてなかったわけだし。医者には「まだダメですよ、水分は点滴で補給してますからね」って笑いながら言われましたが、あとで氷を舐めさせてくれました。これは本当にうまかった。さらに不思議なことに空腹感はナシ。

当然その時点では睡眠は十分だったんで頭はハッキリしてる(と自分では思っている)から、つくづく人間が生きていくのに必要なのは「睡眠」→「水」→「食事」の順なんだなぁ、などとぼんやりと考えておりました。

で、何度も書きますが、自分では頭がハッキリしてるつもりなんだが、どうも時間の感覚がおかしい。自分の中ではどう考えても3時間経過してるぐらいのつもりなのに、時計を見ると---ICU(集中治療室)には不気味なほどでっかい時計があります---3分しか経ってない、とかね。総じて時間の経過がとても冗長に感じたような気が。

などと言いつつ「ついさっき『笑っていいとも』をやっていたはずなのに、もう夕方のニュースを・・・(テレビはついていたのです、クスリで目がかすんでるんでハッキリは見えてないんだけど)」なんて場面も確かにあって、もしかしたら短い睡眠を何回も繰り返していたのかも知れません。

この短い睡眠というのがくせもので、どうやら夢を見ているらしいのだが、後から考えるとこれが夢なのか現実なのか区別がついてなかったらしい。そのときは頭がハッキリしてると思ってるからすべて現実のことと感じてました。

夕食も終わって---初めて食べた固形物は豆のスープみたいなやつ。味はほとんどナシ---翌朝の診察で一般病棟に移るかどうかを決めるということになったのだが、それまでの時間の長かったこと!!
そしてこの夜私が体験したことはたぶん一生忘れません。

これはモバイルページの方にも書いたんで繰り返しになるけどもう1回。
当然ここはICUなので急患がどんどん運ばれてきます。私のいるところも含めてベッドは5~6カ所。これがどんどん入れ替わるということは・・・私の朦朧とした頭で判断したところでは---何度も繰り返しますが、本人は頭はクリアなつもり---どんどん死んで入れ替わってるはず。なるほど、だからあんなにでっかい時計があるのか、などと勝手に納得。

現に私の寝てるところから棺---キリスト教の病院のはずなのに、なぜか和式で白木のひつぎ---が見えています。

そう言えば妙に明るいメジャーキーの曲が流れるとナースが「お帰りで~す」と言ってお棺が床の上を勝手に滑って行く・・・そうか、ここでは死ぬことを「お帰り」というのか、などと勝手に解釈し、あの棺の下にはレールでもあるのかな?などと冷静に眺めています。

もちろんその先は霊安室に通じるエレベーター(専用のものがある)です。
不思議なことにエレベーターの動きもある法則があって、1回で霊安室に降りるわけではなく、必ず3回下がりかけたあと3回戻ってから霊安室に降りて行きます。三三九度みたいなもんなのかなぁ、と1人勝手に納得してました。

で、1人亡くなるとナースさんはカーテンの外にバナナやリンゴのイラストを貼り付けるのです。「ああ、今日は5個だったな」ってなもんで。

で、確かに担当ナース---1人だけ制服が違うので霊安室担当だと思ってた---とも話したんだよな~「今日は多い方ですか?」ってね。
「5人だから普通ですよ」って答えだったと思うんだけど・・・

これがまた若いねーちゃんで「ああこんな日常的に他人の死に接するなんてすげえストレスなんだろうな~」って思ったのはハッキリと覚えてる。

他にもナースや看護士のみなさんが例の明るいメジャーキーの曲に合わせて歌ったり踊ったりする練習をしてたり印象深い場面がいろいろあるんですが、特に頭に残ってるのは目をつぶると見えてしまう曼陀羅模様です。

diary020123.jpg

目を閉じると妙に明るい色合い---白と青と緑---で曼陀羅の模様が見えるのです。前述の通りずぅぅぅぅっと高濃度の酸素を吸っているので、その影響かとも思いましたが、原因はわかりません。ほら、体内の酸素濃度が下がると見えるものがモノクロになるって言うでしょ?その反対なのかなぁ、と思って「これが酸素中毒って奴か?」って勝手に解釈してたんだが・・・。

そんなこんなで永遠に続くと思われた夜もいつしか明け、朝の診察で病状も順調だったので一般病棟に移りました。
でももちろんまだクスリは残ってて頭はボ~っとしています。どうしたものか相変わらず目を閉じると曼陀羅は見えるし、目を疑うような現象も相変わらず起こり続けています。
テレビの上にネズミみたいな奴がいたり(笑)、ベッドの枠にあるはずのないスクリーンがあって、そこで無意味な映画を上映してたり・・・。

この頃になると「これってクスリの影響で幻覚が見えてるんじゃ?」と気づきます。

そう思ってよくよく考えてみると・・・
「オレの頭の中では昨晩だけでICUで5人死んだことになってるけど、半日で5人ってことは1日で10人、オレがICUにいた5日間で50人死んでるってことか?いくら何でもそれは壮絶すぎる。そんなところにオレぐらいの軽症の奴が5日間もいられるわけないし・・・」

一般病棟に移ってから3日後ぐらいに担当医にお願いしてICUを見学させてもらったんですが、もちろん霊安室直行のエレベータなんてものはなかったし、白木の棺が用意してあるなんてこともないし、ましてや死んだときのBGMが準備されてるなんてこともありませんでした。
看護婦さんに「亡くなったときに『お帰りです』って言ってませんでしたか?」って聞いてみたところ、「検査から帰って来たってことじゃないですか?」ということでした。

ううむオレの頭の中は一体どうなっていたのだろう。

diary020123b.jpgここで突然思い出したのが映画「チャパクア」です。
ウィリアム・バロウズとアレン・ギンズバーグが出演している伝説のドラッグムービーなんですが、言われてみるとあの夜に見た雰囲気にそっくりだったようななかったような・・・
チャパクア

一般病棟に移ってからはとても順調に快復して、すぐに退院となったわけですが、どうしたものか自宅でもときどき曼陀羅が見えたりしています。まだクスリが抜けていないらしい。曲を作るなら今のうちなんだがな~。

2002年1月 7日 (月)

緊急告知

file_jojo.jpgjojoです。
緊急なお知らせがあります。

実は、ギターのGHIDの持病が悪化しました。
今現在、少々彼はふせっておりまして、今月19日の高円寺Show Boatライブを予定通り行うことは難しい状況になりました。

つきましては、やむなくその日は私のもうひとつのバンド「GKスレイライド」でトラを行うことになりました。
すでにチケットを購入いただいた、またはオンライン予約していただいたお客様には大変申し訳ありません。
お詫び申し上げます。

チケットをすでに購入していただいた方には、代金の払い戻しを行いたいと思います。
現在4名の方に購入いただいているんですが、お名前を記録していませんのでどなたか分かりません。お手数ですが、該当する方は私あてにメールをいただくか、BBSなどに書き込みをしていただけますでしょうか?
もちろん、そのまま「GKスレイライド」を観戦していいよ、というのであればその限りではありませんが…(汗)
オンライン予約をしていただいた方は、そのまま「GKスレイライド」の置きチケリストとさせていただきます。
「プレガスじゃなきゃ見にいかねーよ!」と言う方は…まあまあ、そう言わずに!

GHID氏の病状に関しましては、ご心配なく。
きっとしばらくしたら、変わらぬ毒舌をもって復活してくれることでしょう。
それまでプレガスは、残ったメンバーで作曲活動にいそしみたいと思っております。
どうか、これまで同様プレガスサイトをよろしくお願いいたします。

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