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2011年3月26日 (土)

朝まで生テレビとアイドルのブログ

昨日の朝まで生テレビを横目で見ていてぼんやりと思ったこと。

朝生の「原発」が放送されたのが1988年7月。
今から23年前のことです。
原発推進派と反対派で大激論が交わされ、東京電力の幹部が反対派にボコボコにされる番組内容だったと記憶しています。
反対派の筆頭はもちろん広瀬隆、ミスター「危険な話」です。一部ではカリスマ的な人気もあったはず。
番組が終わった時点で、原発自体の是非はともかく、核廃棄物の問題はどうしようもなくヤバい!というのが私の印象でした。

番組が大反響だったのか、そのすぐ3ヵ月後に再び原発のテーマが取り上げられています。
内容はほぼ第1回目と同じだったような気がするけど、舛添要一が大コケしたのは印象に残ってます。説明が長くなるので詳細略。

さて、当時は、喫茶店や居酒屋で普通に原発論争が交わされていました(って、オレも周りだけ?)。
そして若者の間では反対派が優勢。
音楽関係者はほぼ全部反対派だったような印象があります。
もっとも当時はネットもないので、大手メディア以外で何かモノを発信できるのは、ロックのライブかせいぜい同人誌ぐらいしかなかったからだと思うのだが。

そんな気運が盛り上がっていた頃にRCサクセションの「カバーズ」発売中止騒動
これが1988年の8月。
1回目の朝生放送と1週間も違わなかったんだね。
そりゃ盛り上がるよな。

ただ、このあたりがピークで、以降はデモが起こるわけでもなく、脱原発法案が可決されるでもなく、なし崩し的に今に至ってしまったという印象です。
ここ数年、環境問題が盛り上がっていたころに目にした「原発はクリーンエネルギー」なんて言葉には、さすがにビックリしたけど。

もちろん「原発止めればすべてハッピー」なんて思ってないけど、あのときに止めなかったのは当時生きていた日本人全員の責任なんだろうなぁ。
だから当時生まれてなかったこんな娘のブログなんて読むと、ちょっとだけ申しわけない気になるのです。

藤波心オフィシャルブログ
批難覚悟で・・・・(2011年03月23日)

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