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2016年12月12日 (月)

「この世界の片隅に」のすごさがいまいちわからなかった私のような人へ

◆すいていた豊洲の劇場
評判がすごいので、公開した翌週に見に行った「この世界の片隅に」。
豊洲の劇場はすいてました。
自慢ではありません、もっと熱気のある劇場で見たかったということです。

Katasumi

2016年版の「火垂るの墓」かな?と思ってたら、「『性』も『死』も描かれたサザエさん」みたいな話でした(サザエさんの連載スタートが昭和21年だそうなので、地続きの印象を持ったのもあながち的はずれではない・・・よね?)。

確かにイイ映画だとは思ったけど・・・
「それほどか?」というのが率直な気持ちでした。
シンゴジラの初日に身体の芯からシビれ、3時間後にブログにアップした熱量には及びません。
ゴジラなら何時間でも語れるけど、片隅は2時間あれば十分かな?みたいな、ね。

よく見かける意見で「すずさんの実在感が半端ない」とありますが、それは今までのアニメでも一緒じゃね?クシャナやクロトア、ムスカなんて大人キャラはオレの中では実在感あるよ。
「取材の密度がすごい」と言われても、実際の呉の町なんて知らないしなぁ、とも。
プロの眼で見ると違うもんなの?「仮現運動」って何よ?やっぱオレのアニメを見る能力が低いのかなぁ、とかね。


◆マイマイ新子と千年の魔法
くやしいので同監督の過去作「マイマイ新子と千年の魔法」を借りてきました。
で、見てみるとノスタルジックで、なんというか「正しい」アニメなわけです。
主人公と一緒に楽しんだり悲しんだりできます、極端ではない振れ幅で。
「普通にイイ」という言葉がピッタリかも知れません。
言いかえると「何かがふっきれててぶっちぎりでダントツ」というたぐいの作品ではないのです。

ところが---
DVDにはコメンタリーが2種類収録されてました。
ひとつは片淵監督とアニメ評論家の氷川竜介版、もうひとつは監督とスタッフ(演出・編集・監督助手ほか)版です。
まず監督&氷川版を聞いてみました。
最初は軽く聞き流していたのですが、今はもう存在しない駅のシーンの解説で「この光の入り方は演出優先で本物とはちょっと違うんですよね」とか言い出したときに「ん?」。
いや、映画の光の向きなんてウソが多いことはみんな知ってるし、何よりもう存在しない駅なんでしょ?
誰も文句言わないって。

ただ事じゃないとわかったのはハイヤーの中のシーン。
昔の車なのでシートに布がかぶせてあります(言い忘れましたが舞台は昭和30年の山口県です)。
「布のデザインは交通博物館の資料で調べました」だって!
一事が万事この調子。
それでも氷川竜介の時間を確保するため監督もちょっとセーブ気味です。

2つ目のコメンタリーになると監督の独壇場。
画面で起こっていることすべてを説明しようとします。
「あそこの山は◯◯山、今見えてきたのが△△山」とか「ここは『パルプフィクション』のドラボルタのダンスのオマージュ」とか「星空は正しい方向になるように、背景ではなく合成してる(←!)」とかね。
いやもう語る語る。
その情報量たるや聞いてるこっちの頭がパンクしそう。
気がつくと1時間半の映画をまるまる3回見てました。
4時間半が経過しててもうぐったり。

オタクやサブカルの重鎮たちは片淵監督の作品に向かう姿勢を知ってのうえで「この世界~」を見たので、圧倒されたのかも知れません。いやそうに違いない。
たぶん再度「この世界~」を見たら、まったく印象が変わると確信しています。
昨日までのオレじゃないぜ。


◆「この世界~」のすごさがいまいちわからなかった私のような人へ
にわかの私が言うのもなんですが、ぜひ「マイマイ新子と千年の魔法」を見ることをおすすめします。
できればオーディオコメンタリー込みで。
ひとつアドバイス。
近所のゲオでは発見できず、ツタヤではキッズコーナーの棚にあったので見つけるのに苦労しました。
でもこれどう考えても子供向けじゃないよな。

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